ギックリ腰で来院する方は沢山いらっしゃいますが、特にきっかけが思い当たらないケースだと、「なんでギックリ腰になったのかわからない」という話を結構聞きます。軽度のギックリ腰は筋肉を覆っている筋膜がパカッと割れる損傷ですので、特にきっかけがなくても限界を越えれば損傷して痛くなります。ですので限界を越えそうでヤバイと自己判断できていなかったのでしょう。
「自分のことは自分が一番わかっている」という言葉を聞くことがありますので、自分の身体を客観的に知ることができるのかを考えていきます。
まず先ほどのギックリ腰の例ですと、コリや疲労がたまり過ぎていて、感覚がボケているケースがあります。働き盛りの人に多い印象で、とにかく忙しい。仕事も身体を酷使しがちです。自分の身体のことは二の次にしてしまっている結果、限界を越えてしまうのでしょう。
また、運動をやり過ぎで痛めてしまうケースもあります。これは自分の限界を知らずにガムシャラにやることでの自爆行為。運動中に出てくるアドレナリンがたまらないのか、やり過ぎてしまう。筋トレにはまる男性や、エアロビクスの依存症になっている女性などに多い印象です。
最初のケースは自分の身体に対するセンサーがボケていて限界を越えていますが、後のケースはセンサー自体が作動していません。このどちらのケースでも『自分のことはわかっている』とはいいがたいでしょう。
『優れたアスリートはケガをしない』と言われます。ケガをしないアスリートは自分の限界をよく知っているからこそ、限界のギリギリまでは追い込んでトレーニングするが、限界を越えて自爆することはない。じゃあ、客観的に自分の身体がわかっているじゃないかと思いますが、そうでもないようです。
それを教えてくれたのが、あるゴルフのスイングコーチの話です。
その方はプロゴルファー・ジャンボ尾崎のスイングコーチをしていたそうです。全盛期のジャンボ尾崎は圧倒的に強く、『このスイングをしていれば負けない』という形があったそうです。そして、そのコーチのゴルフスイングはジャンボ尾崎のスイングには到底及ばないといいます。じゃあ、なぜスイングコーチなど必要なのか。ジャンボも自分の勝てるスイングはわかっていますが、ずっとそれを続けるのは無理なようで、少しずつ理想形からズレていくようです。そして、本人がそのズレを感じるのが、例えるなら10%崩れてからしか感知できない。しかし、スイングコーチが見れば理想形から5%崩れたときに感知できる。だからこそコーチが必要になるということです。早めに感知できれば、修正に要する時間も労力も少なくて済みますし。いわば、『早期発見、早期治療』ができるわけです。
自分で感知できない範囲があるのは視界を考えてみると理解しやすいかと思います。人間の場合、どうやっても360°見ることなどできません。背後に″死角″という範囲ができてしまいます。どうも身体の感覚でも、この死角というようなものがありそうです。ですから、スポーツの世界ではコーチといわれる人が必要なのでしょう。客観的に自分の状態を見てくれることで、自分の死角の範囲を補ってくれる感じでしょうか。優秀なコーチというのは、いい状態というものを知り、そこから崩れていくのを素早く察知できる人なのでしょう。
″死角″というものがあるので、「自分のことは自分が一番わかっている」とは考えない方がよさそうです。『自分にしかわからない主観的な範囲』もあるかもしれませんが、『自分には感知できない死角になる範囲』もあると考えていたほうが失敗は少なそうです。
